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訃報 三津五郎さん亡くなる

ショックです。。。

すい臓がんと聞いたときから、
完治は難しいかもと思っていたけど。。。

去年は復帰されていくつかの舞台に立っていたので、
無理されていたのか、急に悪くなってしまったのか。

とにかくショックです。

あの世代、勘三郎、福助、三津五郎の、
夏歌舞伎を良く見に行った。
三部制だったのでチケットが安かったのと、
不入りの8月を盛り上げるべく、
面白い演目や新作をどんどん上演した。
若い人も育てた。
その二人がなくなり福助は療養中。

あーもうつまんない。
雀右衛門さんも藤十郎さんも、芝翫さんも團十郎さんもいないし、
なんか急に歌舞伎が寂しくなってしまった。
大変失礼いたしました、お元気な方を…富十郎さんの間違いです

三津五郎さんは歌舞伎以外には、
NHKの「南国太平記」が印象的で、
今でも良く覚えている。

踊りも芝居も粋で素敵な役者さんだったので、
もっともっと長生きして、渋さを増した三津五郎さんを観たかったし、
若い人も育てて欲しかった。

まだ心の整理がつかないけど、
ご冥福をお祈りしています。

そちらの世界で、勘三郎さんと棒縛りでも踊る相談してるかも。。。

毎日新聞の記事が一番詳しかった感じ。


訃報:坂東三津五郎さん59歳=歌舞伎俳優、坂東流家元

毎日新聞 2015年02月22日 20時48分(最終更新 02月22日 21時08分)

 演技、舞踊の両方に傑出した力量を持つ歌舞伎立ち役で日本舞踊坂東流家元の坂東三津五郎(ばんどう・みつごろう<本名・守田寿=もりた・ひさし>)さんが21日午前2時3分、膵臓(すいぞう)がんのため東京都内の病院で死去した。59歳。葬儀は25日午後3時、東京都港区南青山の青山葬儀所。喪主は長男で歌舞伎俳優の巳之助(みのすけ)さん。

 1956年、東京都生まれ。九代目三津五郎の長男で、母方の祖父は八代目三津五郎。57年に初お目見えし、62年に五代目坂東八十助を襲名し、初舞台を踏んだ。

 舞踊の家元でもある三津五郎家の跡取りとして父から厳しい指導を受けた。78年にはNHKの連続テレビ小説「おていちゃん」に出演し、名が広く知られるようになった。

 東京・歌舞伎座で90年8月に始まった「納涼歌舞伎」では、十八代目中村勘三郎さん(2012年死去)と共に主軸となり、花形世代をけん引。01年1、2月に歌舞伎座で2カ月にわたる披露興行を催し、十代目三津五郎を襲名した。

 時代物、世話物の両方に優れて口跡も良く、粋な芸風が特徴。

 あたり役に「切られ与三郎」の与三郎、「喜撰(きせん)」の喜撰、「蘭平物狂(らんぺいものぐるい)」の蘭平、「髪結新三」の新三、「勧進帳」の弁慶、「塩原多助」の多助があり、歌舞伎以外の舞台では「近松心中物語」「芭蕉通夜舟」が名品で、映画では「武士の一分」「母(かあ)べえ」(いずれも山田洋次監督)に出演した。テレビドラマに「うぬぼれ刑事」「ルーズヴェルト・ゲーム」など。

 膵臓がんが見つかり、13年8月の「納涼歌舞伎」の千秋楽後に入院。14年4月に舞台復帰。同8月の「納涼歌舞伎」の「たぬき」と「勢獅子(きおいじし)」の鳶頭(とびがしら)が歌舞伎では最後の舞台になった。舞踊の最後の舞台は同10月27日の国立劇場小劇場の田村会「小唄演奏会」の「田村」「髪結新三」だった。今年1月末、インフルエンザに感染し、緊急入院。その後、一時帰宅し、テレビ番組の収録などを行ったが、今月17日、容体が急変した。

 日本芸術院賞、紫綬褒章、12年度毎日芸術賞など多数。

83年に元宝塚スターの寿ひずるさん、98年にアナウンサーの近藤サトさんと結婚したが、いずれも離婚。長女は女優の守田菜生さん。

20150222 三津五郎さん 毎日
歌舞伎俳優の坂東三津五郎さん=東京都中央区銀座で2014年3月、矢頭智剛撮影





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コメント

まだお若いのにニュースを見てびっくりしました。
素人の僕が見ても凄く粋な人だと思いました。

残念です。。。

粋な方でしたよね。
最後のお仕事はNHKプレミアムの「美の壺」、
(自宅収録)27日放送予定だそうです。
歌舞伎を観始めた頃、活躍されていた方々が、
次々と逝かれてしまって、寂しい限りです。
四十、五十は洟たれ小僧の世界で、60前に死んじゃダメですよね。

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